鈴木貞一郎の苦労話をします

鈴木貞一郎さんの苦労した経験ですが、やはり幼少期に両親が離婚してしまったことではないでしょうか。
離婚後はお兄さんと一緒に父親に引き取られました。

しかし父親は仕事が忙しく単身赴任しなければならなかったため、祖父母に子供たちを預けました。
そのため、鈴木貞一郎さんは幼い頃から祖父母に育てられ今に至ります。
両親がいないということで寂しい思いをしたのではないかと思いますが、実のお兄さんは弟である鈴木貞一郎さんのことを非常に気にかけてくれていたそうです。
兄弟がいると良いですね。

祖父母に何不自由なく育てられた鈴木貞一郎さんですが、大きくなるにつれて祖母が作ってくれるお弁当が嫌になっていきました。
その理由は、全体的に質素で地味なお弁当だったからです。
確かに育ちざかりの男の子に、質素で地味なお弁当は辛いですね。
思春期の時は他人の目が気になる、ということもあったのでしょう。
祖母がせっかく作ってくれるお弁当が嫌になってからは、鈴木貞一郎さん自身でお弁当を作るようになったそうです。
もしかして鈴木貞一郎さん、料理が上手いのでしょうか。
少し料理の腕が気になります。

さて、鈴木貞一郎さんの幼少期の両親の離婚につて紹介しましたが、他にも苦労した経験の話はあります。
それは、陸上選手時代の話です。
期待の陸上選手として活躍している鈴木貞一郎さんですが、ある時大怪我を負って走れなった時期があります。
その時は走れないことに絶望し、とても悔しかったそうです。

練習は1日遅れるだけでかなりのハンデになると聞きますので、期待の選手であった鈴木貞一郎さんは辛かったと思います。
しかし、その時に「頂上まで上りつめること」に魅力を感じ、それが俳優を目指すきっかけになったとのこと。
怪我をして走れなくなってそれを思ったことがそもそものきっかけですが、次にまた鈴木貞一郎さんが走れなくなったエピソードがあります。
それは、社会人になってからです。

実は鈴木貞一郎さんは大学卒業後、陸上部がある会社に就職しています。
しかし、営業が悪化してことにより陸上部が廃部になってしまいました。

その後考えた結果、「頂上まで上り詰めたい」ときちんと俳優目指すと決意したそうです。
確かに考えてみれば、演じることに終わりはありません。
アスリート気質である鈴木貞一郎さんにとって俳優はまさに終わりなき道なのでしょう。
これからも止まることのない鈴木貞一郎さんの俳優としての活躍を見守り、応援していきたいですね。